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2024年07月13日

1 宗教法人世界平和統一家庭連合とその信者との間において締結された不起訴の合意が公序良俗に反し無効であるとされた事例  2 同宗教法人の信者らによる献金の勧誘が不法行為法上違法であるとはいえないとした原審の判断に違法があるとされた事例についての解説(令和4年(受)第2281号損害賠償請求事件・令和6年7月11日第一小法廷判決)

1 事案(令和4年(受)第2281号損害賠償請求事件・令和6年7月11日第一小法廷判決)
宗教法人である被上告人世界平和統一家庭連合(以下「被上告人家庭連合」という。)の信者であった亡Aが被上告人家庭連合に献金をしたことについて、上告人(亡Aは原審係属中に死亡し、同人の長女である上告人が亡Aの訴訟上の地位を承継した。)が、被上告人らに対し、上記献金は被上告人Y1を含む被上告人家庭連合の信者らの違法な勧誘によりされたものであるなどと主張して、不法行為に基づく損害賠償等を求める事案
2 原審
①本件不起訴合意の有効性について
上告人の被上告人家庭連合に対する損害賠償請求(ただし、亡Aの承継人として請求する部分に限る。)に係る訴えを却下し、被上告人Y1に対する請求を棄却すべきものとした。
本件念書の内容や作成経緯等を検討しても、本件不起訴合意が公序良俗に反し無効であるとはいえない。よって、本件不起訴合意に反して提起された被上告人家庭連合に対する上記訴えは、権利保護の利益を欠き、不適法である。
②本件勧誘行為の違法性について
被上告人家庭連合の信者らが、亡Aに対し、本件勧誘行為において献金をしないことによる具体的な害悪を告知したとは認められず、仮に本件勧誘行為の一部において害悪を告知したことがあったとしても、亡Aが自由な意思決定を阻害されたとまでは認められない。また、本件献金が多額かつ頻回であることのみから、直ちに亡Aがその資産や生活の状況に照らして過大な献金を行ったとも認められない。したがって、本件勧誘行為が社会通念上相当な範囲を逸脱するものとして違法であるとはいえない。
3 最高裁判例
①本件不起訴合意の有効性について
「特定の権利又は法律関係について裁判所に訴えを提起しないことを約する私人間の合意(以下「不起訴合意」という。)は、その効力を一律に否定すべきものではないが、裁判を受ける権利(憲法32条)を制約するものであることからすると、その有効性については慎重に判断すべきである。そして、不起訴合意は、それが公序良俗に反する場合には無効となるところ、この場合に当たるかどうかは、当事者の属性及び相互の関係、不起訴合意の経緯、趣旨及び目的、不起訴合意の対象となる権利又は法律関係の性質、当事者が被る不利益の程度その他諸般の事情を総合考慮して決すべきである。」として基準を示した点は重要である。
(1)当事者の属性、(2)当事者の相互の関係、(3)不起訴合意の経緯、趣旨、目的(4)不起訴合意の対象となる権利又は法律関係の性質(5)当事者が被る不利益の程度(6)その他諸般の事情として、不起訴合意の有効性が公序良俗に反するかどうかについて考慮要素を示した。
この規範は当該合意が裁判を受ける権利(憲法32条)を制約するものであることとから有効性を慎重に判断すべきとしていることから他の事案にも射程が及ぶものであると私は考える。その意味でも重要な最高裁判例である。また、検討が必要であるが、不起訴合意の有効性のみならず、公序良俗違反の契約関係等財産移転行為について一般的な判断基準としても参考になるのではないかと私は考える。
 そして最高裁判例は「これを本件についてみると、亡Aは、本件不起訴合意を締結した当時、86歳という高齢の単身者であり、その約半年後にはアルツハイマー型認知症により成年後見相当と診断されたものである。そして、亡Aは、被上告人家庭連合の教理を学び始めてから上記の締結までの約10年間、その教理に従い、1億円を超える多額の献金を行い、多数回にわたり渡韓して先祖を解怨する儀式等に参加するなど、被上告人家庭連合の心理的な影響の下にあった。そうすると、亡Aは、被上告人家庭連合からの提案の利害得失を踏まえてその当否を冷静に判断することが困難な状態にあったというべきである。また、被上告人家庭連合の信者らは、亡Aが上告人に献金の事実を明かしたことを知った後に、本件念書の文案を作成し、公証人役場におけるその認証の手続にも同行し、その後、亡Aの意思を確認する様子をビデオ撮影するなどしており、本件不起訴合意は、終始、被上告人家庭連合の信者らの主導の下に締結されたものである。さらに、本件不起訴合意の内容は、亡Aがした1億円を超える多額の献金について、何らの見返りもなく無条件に不法行為に基づく損害賠償請求等に係る訴えを一切提起しないというものであり、本件勧誘行為による損害の回復の手段を封ずる結果を招くものであって、上記献金の額に照らせば、亡Aが被る不利益の程度は大きい。以上によれば、本件不起訴合意は、亡Aがこれを締結するかどうかを合理的に判断することが困難な状態にあることを利用して、亡Aに対して一方的に大きな不利益を与えるものであったと認められる。したがって、本件不起訴合意は、公序良俗に反し、無効である。」として公序良俗に反し無効とした。
②本件勧誘行為の違法性について
「宗教団体等は、献金の勧誘に当たり、献金をしないことによる害悪を告知して寄附者の不安をあおるような行為をしてはならないことはもちろんであるが、それに限らず、寄附者の自由な意思を抑圧し、寄附者が献金をするか否かについて適切な判断をすることが困難な状態に陥ることがないようにすることや、献金により寄附者又はその配偶者その他の親族の生活の維持を困難にすることがないようにすることについても、十分に配慮することが求められるというべきである(法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律3条1号、2号参照)」として献金について宗教団体等に義務があることを認めた。
 その上で、最高裁判例は「献金勧誘行為については、これにより寄附者が献金をするか否かについて適切な判断をすることに支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、献金により寄附者又はその配偶者等の生活の維持に支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、その他献金の勧誘に関連する諸事情を総合的に考慮した結果、勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱すると認められる場合には、不法行為法上違法と評価されると解するのが相当である。」として規範定立をしている点が重要である。
そして、詳細な判断考慮として、「勧誘に用いられた言辞や勧誘の態様のみならず、寄附者の属性、家庭環境、入信の経緯及びその後の宗教団体との関わり方、献金の経緯、目的、額及び原資、寄附者又はその配偶者等の資産や生活の状況等について、多角的な観点から検討することが求められるというべきである。」としている。
最高裁判例は、前記の原審の②が上記の判断枠組みをとっていないとして「原審の判断には、献金勧誘行為の違法性に関する法令の解釈適用を誤った結果、上記の判断枠組みに基づく審理を尽くさなかった違法があるというべきである。」とした。そして、最高裁判例は、「被上告人らの不法行為責任の有無等について更に審理を尽くさせるため、上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。」として破棄差し戻しした。
4 最高裁判例の重要性
  前記のとおり、不起訴合意が公序良俗に反するかどうかについて、規範定立をしている点、宗教団体等の献金勧誘行為について宗教団体等の義務があること、その義務に違反して不法行為法上違法と評価される場合の判断枠組み定立している点で事例判断に留まらず射程は広いことから重要であると私は考える。