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2024年07月05日

雇用していた労働者が事業者(特定事業者)の業務に起因して疾病(病気)になったことを理由に労働基準監督署(処分行政庁)が療養補償給付及び休業補修給付の各支給決定(以下「本件各処分」という。)をした場合、特定事業者は本件各処分の取消訴訟をすることができるか。

1 結論 特定事業の事業主は、上記労災支給処分の取消訴訟の原告適格を有しないというべきであるとして否定した。
2 理由
最高裁判所は、「行政事件訴訟法9条1項にいう処分の取消しを求めるにつき『法律上の利益を有する者』とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうところ、本件においては、特定事業についてされた労災支給処分に基づく労災保険給付の額が当然に当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額の決定に影響を及ぼすこととなるか否かが問題となる。」と争点を特定した上で次の理由で否定した。
「 労災保険法は、労災保険給付の支給又は不支給の判断を、その請求をした被災労働者等に対する行政処分をもって行うこととしている(12条の8第2項参照)。これは、被災労働者等の迅速かつ公正な保護という労災保険の目的(1条参照)に照らし、労災保険給付に係る多数の法律関係を早期に確定するとともに、専門の不服審査機関による特別の不服申立ての制度を用意すること(38条1項)によって、被災労働者等の権利利益の実効的な救済を図る趣旨に出たものであって、特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎となる法律関係まで早期に確定しようとするものとは解されない。
仮に、労災支給処分によって上記法律関係まで確定されるとすれば、当該特定事業の事業主にはこれを争う機会が与えられるべきものと解されるが、それでは、労災保険給付に係る法律関係を早期に確定するといった労災保険法の趣旨が損なわれることとなる。
また、徴収法は、労災保険率について、将来にわたって、労災保険の事業に係る財政の均衡を保つことができるものでなければならないものとした上で、特定事業の労災保険率については、基準労災保険率を基礎としつつ、特定事業ごとの労災保険給付の額に応じ、メリット収支率を介して増減し得るものとしている。これは、上記財政の均衡を保つことができる範囲内において、事業主間の公平を図るとともに、事業主による災害防止の努力を促進する趣旨のものであるところ、客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額を特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎とすることは、上記趣旨に反するし、客観的に支給要件を満たすものの額のみを基礎としたからといって、上記財政の均衡を欠く事態に至るとは考えられない。そして、前記2の労働保険料の徴収等に関する制度の仕組みにも照らせば、労働保険料の額は、申告又は保険料認定処分の時に決定することができれば足り、労災支給処分によってその基礎となる法律関係を確定しておくべき必要性は見いだし難い。
以上によれば、特定事業について支給された労災保険給付のうち客観的に支給要件を満たさないものの額は、当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎とはならないものと解するのが相当である。」
なお、原審は、「被上告人はその特定事業についてされた本件各処分の取消しを求める原告適格を有するとして、これを否定して本件訴えを却下した第1審判決を取り消し、本件を第1審に差し戻した。特定事業について、労災保険給付の支給決定(以下「労災支給処分」という。)がされていると、これによりメリット収支率が大きくなるため、当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料が増額されるおそれがある。そうすると、特定事業の事業主は、その特定事業についてされた労災支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者として、上記労災支給処分の取消訴訟の原告適格を有する。」とした。
3 原告適格が特定事業者に認められた場合の被災労働者のデメリット
  最高裁判所も指摘するとおり、労働保険給付に係る多数の法律関係を早期に確定することで、被災労働者の権利利益の実効的な救済を図る法の趣旨を特定事業者に原告適格を認めると、特定事業者も本件各処分(療養のためのお金)を争うことができ、被災労働者の治療費や生活費が確定せず、安心して暮らせなくなる点がデメリットでした。
  他方、最高裁判所は、「特定事業の事業主は、自己に対する保険料認定処分についての不服申立て又はその取消訴訟において、当該保険料認定処分自体の違法事由として、客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額が基礎とされたことにより労働保険料が増額されたことを主張することができるから、上記事業主の手続保障に欠けるところはない。」としている。