2018年11月01日
円滑な事業承継のために
第1 中小企業における事業承継のポイント
均分相続・遺留分といった制度による制約の下で、いかに所有と経営を一致させるか。
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相続の対象となる株式または事業用財産が統一した事業経営を続行するという観点から、一括して事業の承継者(後継者)に移転することが望ましい。
①株式の集中が確定していないと・・・「株主総会の招集通知が送れない」、共同相続人間の争いにより「権利行使者の指定(会社法106条)ができない」等経営にとって困難な事態が生じるおそれがある。
②会社財産の集中・・・税務上の観点から、特にオーナー経営者の個人資産として工場・店舗等が会社の財産としていない場合、このような財産が事業承継者に集中させなければ、自己の所有に属さない財産を使って事業を営むことになり何かと不都合となる。場合によっては、事業意欲をそぎかねない。
経営者の財産掌握を欠くと、一般に、金融機関や取引先に対する信用力が落ちることになりかねない。
第2 事業承継の方法の分類
「親族内承継」か「親族外承継」か?
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「親族外承継」
① 後継者がいる場合→「従業員や外部への承継」
② 後継者不在の場合→「M&A」
→遺言と事業承継が主に関係するのは親族内承継である。そこで、今回、親族内承継をメンインに解説する。
第3 親族内承継のポイント
1 具体的方法
生前贈与・死因贈与、遺言、会社法の活用
2 基本的な注意点
①事業承継者への株式・事業用資産の集中を考え、それに伴い影響が及ぶ、②承継者以外の譲歩相続人への配慮、を常に気にしておく。
①については、(ア)株式の集中による遺留分侵害に対する配慮、(イ)後継者の負担(旧経営者に扶養されていた母親等の扶養など)に対する配慮、等が必要。
②については、(ア)遺留分減殺請求権に対する配慮、(イ)事業から外れる相続人の寄与分評価、(ウ)特別受益の持ち戻しへの配慮、といったことが必要。
3 後継者に株式・事業用資産を集中させるにあたっての注意点
① 遺留分に対する配慮
ア 「事業承継は税金よりも民法がネックになる」
遺言により後継者に全部を取得させる遺言が最も端的→遺言後は、遺留分を害さない範囲で、承継しようとする会社の株式を可能な限り多く後継者に「生前贈与」「死因贈与」の方法で移す。
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会社財産等が高く、それに比して預金が少ない場合、代償分割により、結局、後継者が財産を処分する必要が生じる。
イ 民法の遺留分に関する特例
経営承継円滑化法(2008年10月1日施行)
一定の要件を満たす後継者が、後継者を含む推定相続人(遺留分権者)全員の合意(同法4条)および所定の手続(経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可)を得ることを前提に、以下の「民法の遺留分に関する特例」の適用が受けることができる。併用も可能。
ア 除外特例(同条1項1号) (旧)経営者の生前に、経済産業大臣の確認を受けた後継者が、遺留分権者全員との間の「生前贈与等によって取得した自社株式を遺留分算定の基礎財産に算入しない」との合意について家庭裁判所の許可を得ることで、遺留分の対象から除外することができる。
イ 固定特例(同条1項2号) 経済産業大臣の確認を受けた後継者が、遺留分権者全員との間に「生前贈与等によって取得した自社株式を遺留分算定の基礎財産に算入しない」との合意について家庭裁判所の許可を得ることで、遺留分の対象から除外することができる。
特例のポイント→後継者が手続を単独で申し立てできる。
自社株式以外のその他の財産についても認められる。
② 後継者の負担
後継者に被扶養者の扶養にあたらせるという被扶養者に配慮した遺言
の文言を入れておく等→法的性質=負担付贈与(民法1002条)
③ 後継者以外の譲歩相続人への配慮
ア 遺留分減殺請求に対する配慮
価額賠償(民法1041条1項)
特定の財産についてのみ価額弁償を選択できる(最判平12・7・11)
→経営者としては、遺留分減殺の割合についての別段の定め(民法1034条)なども行いつつ、後継者の円満な事業承継と、譲歩相続人への配慮とのバランスを図るべき。
イ 事業承継から外れる相続人の寄与度評価
遺言において非後継者に配慮しておくこと。
ウ 特別受益(民法903条1項)の持ち戻しへの配慮
エ 税金
贈与が可能な期間や所有財産の価額の動向を勘案して慎重に選択
平成21年度税制改正
(ア) 非上場株式に係る相続税の80%納税猶予制度
(イ) 非上場株式にかかる贈与税の納税猶予制度
⒋ 遺言作成
ア 遺言の形式
自筆証書遺言
秘密証書遺言
公正証書遺言←相続紛争防止のためにも望ましい。
イ 遺言に記載すべき内容
(ア) すべての相続財産の分割方法を遺言で指摘しておく
・個々の財産を誰に相続させるかを列挙した条項に続き、最後の条項として「以上に定める財産以外の全ての財産を△△△△に相続させる」
・株式の生前贈与→「持ち戻しは免除する」旨を記載して、経営の集中を確保する(特別受益の持ち戻しの免除の意思表示)
(イ) 遺言執行者の指定
・預貯金の払戻を受ける手続をスムーズに行うという観点からすれば、遺言書に、「遺言執行者に対して、本遺言執行のための預貯金等の名義変更、解約、受領に関する一切の処分を行う件芸を付与する」といった内容の文言を盛り込む等。
(エ) 報酬の記載
・遺言執行者の報酬を記載しておくことが遺言執行をスムーズに行うことに資する。
5 資本政策としての会社法の活用
① 議決権制限株式の利用(会社法108条1項3号)
非後継者に議決権制限株式を相続させる等
② 拒否権付種類株式(黄金株)・役員選改任権付株式の利用
拒否権付種類株式とは、特定の事項について、株主総会の決議のほ
かに、その種類株式を保有する株主の同意を要するという種類株式で
ある(会社法108条1項8号)。
役員選解任権付株式とは、特定の種類株式を保有する株主の種類株
主総会において取締役又は監査役を選解任することのできる種類株式
である(会社法108条1項9号)。
後継者の独断専行防止→(旧)経営者に拒否権付種類株式(黄金株)・役員
選改任権付株式に無償配当しておく。
③ 相続人の売渡請求(会社法174条)
④ 株式譲渡制限の活用(議決権制限株式との併用)
経営権を後継者に集中させ、他方で、後継者以外の相続人等にも一定の利益を与えることができ、事業承継の円滑化に資する。
6 同族存続のための事業承継
親族の能力に応じて、企業分割することも考慮しうる。
第4 従業員・外部者への承継
1 従業員・外部者への承継
ア 会社法の各手法の活用
イ MBOの活用
・現代の「のれん分け」
・事業部門を買収(株式を取得)して経営権を取得する方法で買収者が株主として独立
・(旧)経営者が事業用資産を所有する場合→賃貸等の活用
・個人(債務)保証←(旧)経営者の間に債務の圧縮に努める。
2 M&Aの活用
事業承継の場面で、親族内、従業員・外部の者に適当な後継者を見つけ
られない場合、従業員の雇用維持、取引先の保護、あるいは、(旧)経営者の
老後の生活資金確保、といった必要性から、事業体を維持するべく、会社そ
のものを売買するというものである。
第5 事業承継信託の可能性
以上
参考文献
・中小企業法の理論と実務〔第2版〕〔民事法研究会〕
・一問一答事業承継の法務 〔経済法令研究会〕
・中小企業のための事業承継M&Aの要点総まとめ(税務経理協会)
・家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務(日本加除出版株式会社)
・増補新しい家族信託(日本加除出版株式会社)