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2025年12月16日

刑事事件(交通事故)~救護義務を尽くしたといえるのは如何なる場合か?~

1 判断基準
最高裁第二小法廷令和7年2月7日(ウエストロー・文献番号2025WLJPCA02079001)(以下「判例」と言います。)は、救護義務違反(道路交通法72条1項前段・なお、判例の適用条文は令和4年法律第32号による改正前のものであるが特に変更はない。)の義務をつくしたか否かについて、「交通事故を起こした車両等の運転者が同項前段の義務を尽くしたというためには、直ちに車両等の運転を停止して、事故及び現場の状況等に応じ、負傷者の救護及び道路における危険防止等のため必要な措置を臨機に講ずることを要すると解するのが相当である。」とした。その理由は、「道路交通法72条1項前段は、車両等の交通による事故の発生に際し、被害を受けた者の生命、身体、財産を保護するとともに、交通事故に基づく被害の拡大を防止するため、当該車両等の運転者その他の乗務員のとるべき応急の措置を定めたものである。このような同項前段の趣旨及び保護法益に照ら」したことによる。
2 事例判断
判例における事実関係について「被告人は、被害者に重篤な傷害を負わせた可能性の高い交通事故を起こし、自車を停止させて被害者を捜したものの発見できなかったのであるから、引き続き被害者の発見、救護に向けた措置を講ずる必要があったといえるのに、これと無関係な買物のためにコンビニエンスストアに赴いており、事故及び現場の状況等に応じ、負傷者の救護等のため必要な措置を臨機に講じなかったものといえ、その時点で道路交通法72条1項前段の義務に違反したと認められる。」として事例判断として参考になる。
3 控訴審を否定した論理
控訴審は「被告人が控訴し、法令適用の誤り等を主張したところ、原判決は、被告人は事故後直ちに自車を停止させて被害者の捜索を開始しており、自車まで戻ってハザードランプを点灯させたことも危険防止義務を履行したものと評価でき、コンビニエンスストアに赴いて口臭防止用品を購入、摂取したことは、被害者の捜索や救護のための行為ではないものの、これらの行為に要した時間は1分余りで、そのための移動距離も50m程度にとどまっており、その後直ちに衝突現場方向に向かい、被害者が発見されると駆け寄って人工呼吸をするなどしていたことに照らすと、被告人は一貫して救護義務を履行する意思を保持し続けていたと認められ、このような事故後の被告人の行動を全体的に考察すると、人の生命、身体の一般的な保護という救護義務の目的の達成と相いれない状態に至ったとみることはできないとして、救護義務違反の罪の成立を否定した上で、第1審判決を法令適用の誤りを理由に破棄し、その場合、報告義務違反の点については既に公訴時効が完成しているとして、被告人に対して無罪を言い渡した。」これに対して、判例は「本件において、救護義務違反の罪が成立するためには救護義務の目的の達成と相いれない状態に至ったことが必要であるという解釈を前提として、被害者を発見できていない状況に応じてどのような措置を臨機に講ずることが求められていたかという観点からの具体的な検討を欠き、コンビニエンスストアに赴いた後の被告人の行動も含め全体的に考察した結果、救護義務違反の罪の成立を否定したものであり、このような原判決の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかで、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。」として破棄した。判例は、「被害者を発見できていない状況に応じてどのような措置を臨機に講ずることが求められていたかという観点からの具体的な検討を欠き」と指摘しているとおり、事故及び現場の状況に応じて、負傷者の救護及び道路における危険防止等のための必要な措置を臨機に講ずることを事例判断であるが、具体的事案において、判断を示しており、実務において参考になる。
4 道路交通法(令和7年12月16日現在)条文
(交通事故の場合の措置)
第七十二条
1 交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。同項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置(第七十五条の二十三第一項及び第三項において「交通事故発生日時等」という。)を報告しなければならない。