2018年10月26日
不当な取引制限と入札談合(事例検討)
第1 不当な取引制限の基本(条解独占禁止法63頁以下)
1 条文(2条6項)
「不当な取引制限」とは、事業者が、契約、協定その他何らの名義をもってするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野を実質的に制限することをいう。
2 要件
(1) 相互拘束
ア 相互拘束と遂行行為
行政上の措置をかすための行政手続では、遂行行為は相互拘束に付随して行われるもので、独自の存在意義はなく、相互拘束のみが問題となる。
ただし、刑事手続では、入札談合の実行行為である一連の個別工事についての個別調整行為が不当な取引制限の罪を構成するとされる。
イ 相互拘束
(ア) 相互拘束とは、独立した複数業者間の取り決めを言う。→水平的制限と垂直的制限が含まれる。
(イ) 相互拘束は、合意(単一かつ明示の合意)と意思の連絡が該当する。
合意→直接証拠
意思の連絡→実施行為、実施状況など間接証拠から推認
・東京高判平22・1・29)意思の連絡とは、複数事業者が同内容の取引拒絶行為を行うことを相互に認識ないし予測しこれを認容してこれと歩調をそろえる意思→他の事業者の取引拒絶行為を認識ないし予測して黙示的に暗黙のうちにこれを認容してこれと歩調をそろえる意思で足りる。
(2) 一定の取引分野における競争の実質的制限
ア 一定の取引分野
一定の取引分野→関連市場→同種または類似の商品または役務について、供給者または需要者として、複数の事業者が生産、販売、技術等にかかる活動を行っている場
→製品役務の範囲と地理的範囲からなる。
→一定の取引分野を先に画定しないと、市場占有率を算出できず、市場支配力を判定できないため、関連市場の画定が先行する作業。
→一定の取引分野は、当該取決めに則して画定される。
→競争制限効果の有無を判断するために適切であるかという観点。
→ただし、合意によるカルテルについては、判例法上その対象としている商品、役務が「違反者が対象としている取引およびそれにより影響を受ける範囲」として、そのまま一定の取引分野として画定される。
イ 一定の取引分野における競争の実質的制限
一定の取引分野における競争の実質的制限とは当該取引に係る市場が有する競争機能を損なうことをいう。
→関連市場である一定の取引分野を画定して、そこでの市場支配力、具体的な競争制限効果、正当化事由、意図などを総合的に判断して決定される。
3 判例法の展開
(1) 判例法上、これまで不当な取引制限の禁止が適用された事例はカルテルに限られる。
(2) 価格協定
ア 石油製品価格協定カルテル刑事事件(最判昭和59・2・24)
→合意を認定したカルテルについて合意時に不当な取引制限が成立するというルールを確立。←明示の合意によるカルテルについての規制の実効性確保。
※実施時説①法2条6項が、一定の取引分野における競争を実質的に制限する相互拘束を禁止しているのではなく、相互拘束により一定の取引分野における競争の実質的制限を禁止していることにある。法2条6項の文理解釈上は実施行為や実効性を要件とする実施時説が妥当である。
イ 業務用ストレッチフィルム価格協定事件(東京高判平5・5・21)
→典型的な価格協定の基本先例
→塩化ビニール製業務用ストレッチフィルムの製造業者8社は共同して平成2年9月1日から出荷する業務用ストレッチフィルムの標準品の値上げ幅を1本あたり150円とし全製品の販売価格を引き上げる旨の合意などをし、もって被告会社らの事業活動を相互に拘束し、わが国の業務用ストレッチフィルムの販売に関する取引分野における競争を実質的に制限したものであるとされた。
ウ 元詰種子価格協定(タキイ種苗ほか)事件(東京高平20・4・4)
→価格協定についての意思の連絡を推認した基本先例
→事業者団体の会合で毎年度決定される基準価格に基づき販売価格等を定めるという内容の合意で、当該合意のみでは具体的な販売価格を設定することはできない、実勢価格の設定を予測できないなどの抽象的な合意であっても、その限度で競争が回避され、相互に競争制限行為を予測しうることから、相互拘束性は認められるとした。
(3) 入札談合→第3を参照のこと。
(4) 購入カルテル
ア 平成17年改正により、義務的課徴金の対象となった。
イ ソーダ灰輸入制限カルテル事件(勧告審決昭58・3・31)
→わが国へ輸入されるソーダ灰の輸入量、引き取り比率および輸入経路を共同して決定することにより、わが国のソーダ灰の輸入取引分野における競争を実質的に制限していると公取委は判断した事案。
ウ 四国食肉流通協議会事件(勧告審決平4・6・9)
→会員の肉豚の購入価格の取決めの際に用いる豚枝肉の建値を決定することにより、四国地区における肉豚の購入分野における競争を実質的に制限した事案→①相対取引により決められていたものを斉一化するようにしたこと、②購入する者にとって有利となる等の判断のもとに購入価格を統一するために行われたことから、法8条1項1号に違反するものとした(調査官解説)。
第2 共同行為の類型
(1) カルテル以外の共同行為
→共同の取引拒絶・共同事業・業務提携・再販売価格維持(垂直的価格制限)・垂直的非価格制限など
→価格カルテルと異なり、一定の取引分野の画定・競争の実質的制限の有無については、一般原則が適用される(合理の原則)。ただし、垂直的価格制限については判例法上当然違法のルール。
(2) カルテル
・価格協定・数量制限協定・市場分割協定と入札談合→カルテルは、他の競争制限行為によりも格段に強い競争制限効果を有し、かつ経済効率の達成に寄与することもないため、参加者の市場占有率合計が40%超であると違法になる。
(3) 共同の取引拒絶
・共同の取引拒絶については、参加者の市場占有率が40%超である場合には原則違法となるルールが成立している。
・共同の取引拒絶は同業者が共同して特定の取引相手との取引を拒絶する、直接の取引拒絶と、川上・川下の取引相手に圧力をかけて、それらの取引相手に特定の競争者との取引を拒絶させる、間接の共同取引拒絶に分けられる。
(4) 共同事業と業務提携
ア 共同事業と事業提携は、相互拘束に該当する共同行為規制の対象行為であって、基本禁止規定は不当な取引制限の禁止である。
イ 共同研究開発とパテントプールによる規格設定
→共同研究開発は、共同研究開発ガイドラインに従い、①参加者の数、市場占有率等、②研究の性格、③共同化の必要性、④対象範囲、期間等を総合判断して、相互拘束によって技術市場または製品市場における競争を実質的に制限することを充足して不当な取引制限に該当するか否かが決定される。
→パテントプールを通じての規格設定活動、標準化活動については、標準化ガイドラインに従い、①販売価格等の取決め、②競合規格の排除、③規格の葉員の不当な拡張、④技術提案等の不当な排除、⑤標準化活動への参加制限、という観点から、相互拘束または排除行為による一定の取引分野における競争を実質的に制限するか否かが判断される。
ウ 事業者間の業務提携
→「業務提携と企業間競争に関する実態調査報告書」(公取委事務総局平成14年2月)→業務提携について、①生産提携、②販売提携、③購入提携、④物流提携、⑤研究開発提携、⑥技術提携、⑦標準提携、⑧包括提携→競争を促進する側面と競争を制限する側面を分析し、不当な取引制限の該当性判断をする。
(5) 再販売価格維持
→①自ら商品を供給する相手方を拘束する(再販売価格の拘束)、②役務等の価格を拘束する、価格に関する広告・表示を制限することによって商品の末端小売価格を拘束する(拘束条件付き取引)の場合がある(市場占有率が高い場合は、不当な取引制限の問題となる)。
(6) 垂直的非価格制限
→販売地域に関する制限・取引先に関する制限→①拘束の内容・強弱、②当該事業者の市場占有率、市場支配力、③正当化事由、④その目的などの多様な判要素を総合判断する。
→取引方法の制限→ブランドなどのそれなりの制限についての合理性が認められて、かつ、すべての販売業者に同等の制限が課されているときに許容されるという同一ルールが設定される。
第3 入札談合の特質と基本先例
1 入札談合
(1) 入札談合は、法2条⑥項の不当な取引制限に該当すると法3条後段に違反する。
(2) 入札談合における一定の取引分野は、特定官庁の発注する特定種類の契約ごとの入札として画定される。
(3) 一定の取引分野における受注予定者を決定しその受注に協力する旨または受注予定者を決定するための基本ルールを定めてその受注に協力する旨の合意や、そのような内容の意思の連絡が、相互拘束に該当する。
(4) 当該一定の取引分野において市場支配力を有する競争者らによる、受注予定者の決定に関する合意または意思の連絡が認められると、競争を実質的に制限するものとして不当な取引制限が成立する(合意時説)。
(5) 独占禁止法は、違反行為者が事業者という身分をもつことを要件としており、不当な取引制限の禁止する排除措置命令、課徴金納付命令は入札談合に参加した事業者に対して下される。
2 基本先例
(1) 社会保険庁シール入札談合事件(東京高判平5・12・14)
ア 事案の概要
社会保険庁が平成元年度から導入した目隠しシールの指名入札に関して、指定業者であるトッパン・ムーア、大日本印刷、小林記録紙およびビーエフのうち、ビーエフを除く指名業者3社およびビーエフの営業代理をしていた日立情報の4社が、入札での競争を回避し、不当に落札価格を高くするため談合を行い利益を分配した。
イ 判決要旨
① 被告4社の従業員が、被告会社の業務に関し、平成4年4月下旬、社会保険庁発注にかかる本件シールの入札について、「今後落札業者をトッパン・ムーア、大日本印刷及び小林記録紙の3社のいずれかとし、その仕事は全て落札業者から日立情報に発注するとともに、その間の発・受注価格を調整することなどにより4社間の利益を金乙にすることを合意した→被告会社らの事業活動を相互に拘束することにより、社会保険庁が発注する本件目隠しシールの受注・販売にかかる取引分野における競争を実質的に制限するものである。
② 一定の取引分野の判断→取引の対象・地域・態様等に応じて、違反者のした共同行為が対象としている取引及びそれにより影響を受ける範囲を検討し、その競争が実質的に制限される範囲を画定→被告社会の従業員がした談合・合意の内容では、①社会保険庁から落札・受注する業者とその価格と、②落札業者から受注する仕事業者とその価格が一体不可分のものとしてなされていること→本件で「合意の対象とした取引及びこれによって競争の自由が制限される範囲」=社会保険庁の受注にかかる本件シールの落札業者、仕事業者、原反業者等を経て製造され社会保険庁に納入される間の一連の取引のうち、社会保険庁から仕事業者に至るまでの間の受注・販売に関する取引
(2) 下水道事業団発注電気設備工事入札談合事件(東京高判平8・5・31)
ア 事案の概要
重電メーカーである被告会社9社は、いずれも日本下水道事業団発注にかかる電気設備工事の請負等の事業を営む事業者であり、平成5年に下水道事業団が指名競争入札の方法により新規に発注する電気設備工事について、平成5年3月10日頃、三菱電機本社において、被告会社9社が受注する工事の配分比率・配分手続等を定め、さらに、下水道事業団において該当工事の発注業務に従事していた者から工事件名、予算金額等の教示を受けて、これを相互に連絡するなどたうえ、同年6月15日、富士電機本社において、教示を受けた工事件名、予定金額等もとに、先に定めた配分比率、配分手続等に従い、前記新規工事を被告会社9社にそれぞれ配分して受注予定会社を決定するとともに、受注予定会社が落札して受注できるような価格で入札することを合意した。→被告会社9社は共同して相互にその事業活動を拘束することにより、平成5年度に下水道事業団が指名競争入札の方法により新規に発注する電気設備の受注にかかる取引分野における競争を実質的に制限した。
イ 判決要旨
①受注調整のルールが毎会計年度末に見直して改訂することが了解事項となっており、実際にも毎年年度末に見直し、改訂作業が行われてきたこと、②受注調整の対象となる、工事の種類、件数、予算の額などは、国の政策や社会状況等により毎年度変化するものであること、③受注調整の実施にあたって、下水道事業団の工務部次長から新年度発注工事の件名、予算金額等の教示を受けることが必要不可欠であること→受注実態→受注調整による取引制限は各年度ごとに独立して行われているとした。
④工事に関する具体的情報に基づく受注調整によって、相互拘束による取引制限が完成するという観点から、前記①から③に至るもので一連の行為が実行行為にあたり③の時点で既遂となるとした。
第4 エンフォースメント(制裁措置)等
1 排除措置命令(7条)
2 課徴金(法7条の2)
(1) 実行期間 3年
(2) 当該商品又は役務の売上高又は購入額が対象(政令等に細則あり)
(3) 原則10% 小売業3% 卸し売り業 2%
(4) 対象 ①商品又は役務の対価に係るもの
②商品又は役務について次のいずれかを実質的に制限することにより対価に影響することになるもの
イ 供給量又は購入量
ロ 市場占有率
ハ 取引の相手方
3 刑罰(89条)
第5 事例検討(多摩地区入札談合事件・最判平24・2・20審決集58(2)-148)
1 事案の概要(詳細は添付資料参照のこと)
(1) 東京都の外郭団体である財団法人東京都新都市建設公社(以下「公社」)が発注する公共下水道等の土木工事の指名競争入札において、独占禁止法が禁止する「不当な取引制限」(2条6項)に当たる受注調整行為があったとして、公取委がゼネコン34社に対してした課徴金の納付を命ずる審決の適法性が争われた入札談合の事案。
(2) 公取委は、ゼネコン34社が、平成9年10月1日から平成12年9月27日までの間(以下「本件対象期間」という)に、①公社から指名を受けた場合、受注希望者が1名のときはその者を受注予定者とし、受注希望者が複数のときは、それぞれの者の当該工事又は当該工事の施工場所との関連性等の事情を勘案して、受注希望者間の話合いにより受注予定者を決定する、②受注すべき価格が受注予定者が決め、受注予定者以外の者は受注予定者以外の者は受注予定者がその定めた価格で受注できるように協力する旨合意していたことにより、公社発注の特定土木工事の取引分野における競争を実質的に制限したものであり、法3条後段に反し、ゼネコン34社に課徴金納付命令を課した。
(3) ポイント事実
① Aランク、Bランク、Cランクと価格により受注できる会社が区分される合意であった。
② 地元業者が強く、ゼネコンが落札・受注した個別工事34件中28件は落札率97%であったが、6件は90%以下であった。
2 判旨
(1) 「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」とは、当該取引に係る市場が有する競争機能を損なうことをいい、本件基本合意のような一定の入札市場における受注調整の基本的な方法や手順等を取り決める行為によって競争制限が行われた場合には、当該取決める行為によって競争制限が行われる場合には、当該取決めによって、その当事者である事業者らがその意思で当該入札市場における落札者及び落札価格をある程度自由に左右することができる状態をもたらすことをいうものと解される。
(2) Aランク以上の土木工事については、入札参加を希望する事業者ランクがAの事業者の中でも、本件33社及びその他47社が指名業者に選定される可能性が高かったものと認められることに加え、本件基本合意に基づく個別の受注調整においては、・・・その他47社からの協力が一般的に期待でき、地元業者の協力又は競争回避行動も相応に期待できる状況の下にあったものと認められることなども併せて考慮すれば、本件基本合意は、それによって上記の状態をもたらし得るものであったということができる。
(3) 本件対象期間中に発注された公社発注の特定土木工事のうち相当数の工事において本件基本合意に基づく個別の受注調整が現に行われ、そのほとんど全ての工事において受注予定者とされた者又はJVが落札し、その大部分における落札率も97%を超える極めて高いものであったことからすると、本件基本合意は、本件対象期間中、公社発注の特定土木工事を含むAランク以上の土木工事に係る入札市場の相当部分において、事実上の拘束力をもって有効に機能し、上記の状態をもたらしていたものということができる。
(4) そうすると、本件基本合意は、法2条6項に「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」の要件を充足するものというべきである。
3 検討課題(添付資料の事実認定を前提に)
(1) 被告会社の立場にたって、不当な取引制限に該当しないと反論する場合、本件においてはどの要件該当性の有無で反論すべきか。
(2) 多摩地区の(地方自治法上の)住民から、ゼネコンの入札談合について、東京都が被った損害をどうにか回収できないかと相談があった場合、どのような法的手段があるか。
(参考文献)
1 条解独占禁止法
2 論点体系独占禁止法
3 独占禁止法概説【第4版】
4 公正取引委員会HP
5 ケースブック独占禁止法
6 公正取引審決判例精選