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肥田弘昭法律事務所

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2018年10月26日

 優越的地位の濫用( 独占禁止法)の基本と事例検討

第1 優越的濫用の基本
 1 優越的地位の濫用の条文関係について
 (1) 「優越的地位の濫用」は、「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して」、「正常な商慣習に照らして不当に」行われる、法2条9項5号イからハに定める行為である。
 (2) 法2条9項5号は、平成21年改正により、「優越的地位の濫用」を旧一般規定14条1号から4号を課徴金の対象とすることに伴い法定化した。そのため、旧一般規定14条5号(役員に対する不当干渉)については、一般規定13条として規定されている。両規定は、同じ優越的地位の濫用であるものの、法的効果として課徴金の対象となるか否かで相違がある。
 (3)特殊指定(規定の内容については公正取引委員会ホームページ参照)
  ア 特殊業種にのみ適用される優越的地位の濫用の規定(法律相談などで特殊指定の業界内での優越的地位の濫用が問題となる場合は、基本的に一般指定などよりも緩やかに認められるので検討の価値は高い)。
   ①大規模小売業特殊指定
   ②物流業特殊指定
   ③新聞業特殊指定
  イ 公正取引委員会は、2条9項5号の規定に該当する優越的地位の濫用については、同号の規定のみを適用すれば足りることから、当該行為に対して重ねて特殊指定の規定を適用することはないとの考え方を示している。
 (4) 下請代金支払遅延等防止法(以下、「下請法」)→公正取引委員会は、法2条9項5号と競合する場合、通常、下請法を適用するとの考え方を明らかにしている。←両者の適用が可能であるならば、特殊指定の場合と同様に、法2条9項5号を適用して課徴金を課すべきであると思われることから、公正取引委員会の考え方は、下請法の方が違反の認定が容易であることに照らし、下請法違反と認定できるが「優越的地位の濫用」とは直ちに認定できない場合には下請法を適用する旨の考え方とみられるとの見解あり(白石忠志「優越的地位濫用ガイドブックについて」公正取引724号(2011)1~16頁)。
 (5) 関係ガイドライン等
  ア 優越的地位の濫用ガイドライン=業種を問わず共通のルール
  イ その他、①大規模小売業特殊指定運用基準②フランチャイズ・ガイドライン③役務委託取引ガイドライン④金融機関と企業との取引慣行に関する調査報告書等実務上参考となる。
  ウ 公正取引委員会は、イなどのガイドライン等が2条9項5号の解釈基準として活用できる場合は、まずはその取引形態別のガイドラインで示されている考え方によって検討した上で、個別の行為が当該取引形態別のガイドラインのみでは十分に判断できないときは、優越的地位濫用ガイドラインの考え方により検討するとの見解(←法律相談などの事例検討のポイント)。
  (6) 法執行の動向
    公正取引委員会は、「中小事業者取引公正化推進プログラム」の一環として、優越的地位の濫用事件を効率的・効果的に取り扱う「優越的地位濫用事件タクスフォース」を設置し、積極的な審査を行っている旨公表している。←今後、優越的地位濫用の分野における執行は強化されていくことが予想される(予防法務として優越的地位の濫用が重要となるのではないか)。
 2 公正競争阻害性(何故、優越的地位の濫用が独占禁止法で禁止されるのか?←イメージとしては刑法各論の法益保護のような感じである。独占禁止法は取引の公正な競争を第1(の保護法益)としているので、常に実質的な法違反(違法性)について公正競争阻害性がないかを問題とする。この点が、民法など個別の取引を規律する法律の考え方と根本的に違う点である。この差異を理解しないと経済法を理解できない。)
   取引当事者の自由かつ自主的な判断が阻害され、取引の相手方がその競争者との関係で競争上不利となる一方で、行為者がその競争者との関係において競争上不利となることによって、公正な競争を阻害するおそれ(自由競争の基盤に対する侵害行為である点が判断のポイント)。
第2 各項の構成要件
 1 「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して」
 (1) 「優越的地位」→取引の相手方との関係で相対的に優越した地位であれば足りる。←二当事者間における取引上の依存関係などに基づく取引上の相対的地位を問題としている点において、「一定の取引分野」における市場支配的地位や独占的地位を問題とする私的独占とは明確に区別される。
 (2) 判断基準(ア~エを総合的に考慮)
  ア 相手方の取引依存度
   ←「商品又は役務を供給する取引」では「相手方の当該当事者に対する売上高を、相手方の全体の売上高で除して算出」される。
  イ 市場における地位
   ←「シェアまたは順位が高い場合は、当該当事者と取引することで相手方の取引量や取引額の増加が期待でき、取引の必要性が高くなるため、その継続が困難となることが相手方の事業経営上大きな支障を来すことになりやすい」
  ウ 相手方にとっての取引先変更の可能性
   ←他の事業者との取引の開始や拡大の可能性、優越的地位の有無が問題となる当事者との取引に関連して行った投資等が考慮される。
  エ その他取引の必要性を示す具体的事実←優越的地位の有無が問題となる当事者の取引の額が大きいか、当該当事者の成長可能性が高いか、取引対象の商品または役務を取り扱うことの重要性が高いか、当該当事者と取引を行うことにより相手方の商品または役務の信用性が向上するか、当該当事者の事業規模が相手方よりも著しく大きいか、といった点が考慮される。
  ←大企業同士の取引や中小企業同士の取引においても、取引の一方当事者が他方の当事者に対して取引上の地位が優越していると認められる場合もある(地方においても優越的地位の濫用が他の独占禁止法の類型に比べて問題となりやすいポイント)。
  (経済法全体の事実認定の着眼点・私見)
    ①一定の市場における供給量と②供給先を容易かつ短時間に現実的に変更できたかどうかに着眼すると経済法違反か否かのメルクマールになると考える。なぜなら、実際の営業においては、日々コストが発生していること、取引先の信用度等の取引リスク、融資先の銀行の関係など様々な要因が絡まって、容易にかつ短時間で今までの全部をカバー出来るほどの供給先を営業に穴を開けないように探すことは通常困難であること、市場においても、日常的に無駄なコストを減らすため供給量は調整しているところ、いきなり大口需要に対応することはできないことから、市場から排除されるおそれがあるので、経営者としては供給者(ないしはその協力者)の条件を承諾することを余儀なくされる可能性が高く、その結果、競争排除ないし競争回避など自由な競争を減殺するおそれが高まることからである。そのため、事実認定の間接事実として、①と②にあたる事実がないか着眼すると便利であると考える。優越的地位の濫用の場合は、上記ア~エ、特にイとウ・エの事実を認定するときの着眼点として有益。
 (3) 優越的地位の具体例(公正取引委員会ホームページで審決は検索で
きる)(条解独占禁止法163頁ないし164頁)
  ア ローソン事件(勧告審決平10・7・30)
  イ 三井住友銀行事件(勧告審決平17・12・26)←第4の2(1)の事例
  ウ セブンイレブン・ジャパン事件(排除措置命令平21・6・22)
 2 優越的地位を「利用して」←ある行為者が相手方との関係において優越的地位にあり、その相手方に対して不当に不利益を課して取引を行えば、通常はその優越的地位を「利用して」なされた行為であると認められる。
  (ポイント)合意内容や同意の対象自体の経済合理性、実際に十分な協議が行われたこと、およびその内容の主張・立証が必要となることが多い。←経済的合理性がポイント。
 3 「正常な商慣習に照らして不当に」←優越的地位の濫用の有無が、公正な競争秩序の維持・促進の観点から個別の事案ごとに判断されることを示す要件。
 ア 「正常な商慣習」→現存する商慣習に従っている行為であったとしても、それが公正な競争秩序の維持・促進の立場から容認できないものであれば「正常な商慣習」として直ちに正当化されない。
 イ 公正競争阻害性→公正取引委員会=①取引の相手方の自由かつ自主的な判断を阻害すること、②取引の相手方と行為者がその競争者との関係において競争上不利または有利となるおそれがあることにその根拠を求めている。
 ウ 注意点)公正取引委員会は、①②の判断として、不利益の程度、行為の広がり等を考慮する。例えば、行為者が多数の取引の相手方に対して組織的に不利益を与える場合、特定の取引の相手方に対してしか不利益を与えないときであっても、その不利益の程度が強い、またはその行為を放置すれば他に波及するおそれがある場合には、公正な競争を阻害するおそれがあると認められやすいとされている。
 4 濫用行為の類型
 (1) 「継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。ロにおいて同じ。)に対して、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること」(2条9項5号イ)
  →(ポイント)購入・利用の強制
  ア 自己の指定する事業者が供給する商品又は役務も含まれる。
  イ 事実上、購入を余儀なくさせていると認められる場合も含まれる。
  ウ 合理的な必要性の有無で判断
  エ 適用例
   ①将来の取引への影響(取引打ち切りや数量の削減)を示唆した要請に基づき商品等を購入させる行為
   ②取引関係に影響を及ぼしうる立場の者からの要請に基づき商品等を購入させる行為
   ③組織的または計画的な要請に基づき商品等を購入させる行為
   ④度重なる要請に基づき商品等を購入させる行為
 (2) 「継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること」(2条9項5号ロ)
  ア 協賛金等の負担の要請
   ①協賛金等の負担額、算出根拠、使途等が不明確で、相手方にあらかじめ計算できない不利益を与えることとなる場合
   ②協賛金等の負担の条件があらかじめ明確であっても、取引の相手方が得る直接の利益等を勘案して合理的と認められる範囲を超えた負担となり、相手方に不利益を与えることとなる場合→直接の利益なので、協賛金等の負担により将来の取引が有利になる等の間接的利益を含まない。
  イ 従業員等の派遣の要請
   (ア) 取引の相手方に対し、従業員等の派遣を要請する場合で、①従業員等を派遣する条件等が不明確で、相手方にあらかじめ計算できない不利益を与える場合、②従業員等を派遣する条件等があらかじめ明確であっても、その派遣等を通じて相手方が得る直接の利益等を勘案して合理的と認められる範囲を超えた負担となり、相手方に不利益を与えることとなる場合
   (イ) 小売業者の利益としかならない棚卸し、社内事務、清掃等の業務や、他社製品の販売業務は、取引の相手方の直接の利益となるものとは通常認められない。
  ウ その他経済上の利益の提供の要請(ただし、提供される経済上の利益が、ある商品の販売に付随し当然に提供されるもので、商品価格に反映されているときは、問題とならない。)
 (3) 「取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方
から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引
き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること」(2条9項5号ハ)
  ア 継続して取引する相手方に対する行為であることを要しない、相手方が今後の取引に与える影響を懸念してそれを受けざるをえない場合
  イ 受領拒否=取引の相手方から商品を購入する契約をした後に、正当な理由なく商品の全部または一部の受領を拒む行為(納期の一方的延期または発注の一方的取消しを含む)
  ウ 返品=取引の相手方に対し、当該相手方から受領した商品を返品する場合で、返品の条件が不明確で、取引の相手方にあらかじめ計算できない不利益を与えることとなる行為
  エ 支払遅延=正当な理由がないのに約定の支払期日に対価を支払わない行為をいい、一方的に対価の支払期日を遅く設定する場合や、支払期日の到来を恣意的に遅らせる場合
  オ 減額=商品または役務を購入した後に、正当な理由がないのに、契約で定めた対価を減額する行為(対価を変更せずに商品または役務の仕様を変更するなど対価を実質的に減額する場合も同様である)
  カ その他取引の相手方に不利益となる取引条件の設定等
   ①取引の対価の一方的決定=取引の相手方に、著しく低額または高額の対価で取引を要請する行為→対価の決定方法、他の取引の相手方の対価と比べて差別的か、相手方の仕入価格を下回るか、通常の購入価格・販売価格との乖離の状況、取引対象である商品又は役務の需給関係等を勘案して総合的に判断
   ②やり直しの要請=正当な理由がないのに、取引の相手方から商品又は役務提供を受領した後にやり直しを要請する行為
   ③その他=一方的に取引条件を設定・変更し、または取引を実施して、取引の相手方に正常な商慣習に照らし不当に不利益を与えるとき等(セブン-イレブン・ジャパン事件等)
 5 濫用行為の「相手方」
  →条文上は事業者に限られない。但し、実際に問題とされた事例は事業者に限られている。
  →親会社子会社間取引は実質的に同一企業内の行為に準ずるものと認められ場合は、原則として規制を受けない。
第3 エンフォースメント(制裁措置)
 1 排除措置命令(20条)(条解独占禁止法317頁~)
 (1) 適用関係
   2条9項本文「不公正な取引方法とは」→19条で不公正な取引方法を禁止→20条1項「前条の規定」(19条)に違反する場合「当該行為の差止め、契約条項の削除その他当該行為を排除するために必要な措置を命ずることができる」
 (2) 注意点→除斥期間あり→当該行為がなくなった日から5年を経過したときは排除措置を命じることができない(20条2項・7条2項但し書き)。
 (3) 具体的な内容→①現在も行われている違反行為の取り止め(排除行為、妨害行為等差止め)または既往の違反行為を取り止めていることの確認を命じるもの、②競争秩序を回復するための措置を命じるもの、③再発防止のため将来の同種または類似の行為の禁止、④①~③のとるべき措置の公正取引委員会の承認及びとった措置の公正取引委員会への報告を命じるもの等
  →排除措置命令の目的である競争秩序の回復または再発防止のために必要な措置であるか否かを事案ごとに個別具体的に判断し、事案によっては、排除措置命令の内容が①~③の基本的内容から省かれまたは当該措置内容に追加されることもある。
 2 優越的地位の濫用にかかる課徴金(20条の6)
 (1) 要件
  ア 2条9項5号の優越的地位濫用類型のうち「継続してするものに限る」←単発の場合は、類型的に公正競争阻害性が高くないことから。
  イ 裾切り額←100万円未満
  ウ 同一期間内における同一事業者に対する複数の違反行為がなされた場合、重ねて課徴金が課されることはない。濫用行為は特定の取引先と結び付くものだからである。
 (2) 課徴金の算定方法
  ア 違反行為期間
    原則「当該行為をした日から当該行為がなくなる日までの期間」
    ただし、期間は3年を超えない。超える場合は、違反行為がなくなる日から遡って3年間。
   ① 複数回に分けて継続してする違反行為の期間→全体として1つの当該行為がなされたとして始期から終期が違反行為期間とする。簡便であるから。
   ② 複数の取引相手に対する違反行為の期間→競争は1つであるから、複数の相手方に対する取引を1個の当該行為とする立場。簡便だから。
    ←事業者ごとに違反行為が異なる場合でも同様。違反行為は不当な利益を収受する手段にすぎず、どの違反行為をするかは代替的であるため、違反行為の種類は重要でないから。
   イ 違反行為にかかる商品役務
     「違反業者の相手方に供給した商品役務または相手方から供給を受けた商品役務」(違反行為にかかるものか否かにかかわらない)
   ウ 売上げ額及び購入額=引渡基準を原則(独禁令30条)、契約基準を例外(独禁令31条)
   エ 算定率=一律1%
第4 事例検討
 【 近年課徴金納付命令が出された事例(ダイレック株式会社)】
 1 事案の概要
   ダイレックスは、遅くとも平成21年6月28日以降、自社と継続的な取引関係にある納入業者のうち取引上の地位が自社に対して劣っている者(以下「特定納入業者」という。)に対して、正常な商慣習に照らして不当に次の行為を行っていた。
   ①新規開店又は改装開店→従業員派遣の要請
   ②閉店の際に実施するセールに際し、協賛金の提供
   ③滅失した商品の補填
  ←平成26年(措)第10号の事実での優越的地位の濫用の要件検討をすること。
 2 制裁措置
  ア 排除措置命令①違反行為の差し止めを取締役会で決議②①の措置を納入業者に通知し、かつ、自社の従業員に周知徹底③違反行為の将来的禁止④必要な措置(ア)納入業者との取引に関する独占禁止法の遵守についての行動指針の改定(イ) 納入業者との取引に関する独占禁止法の遵守についての、役員及び従業員に対する定期的な研修並びに法務担当者による定期的な監査
  イ 課徴金納付命令→12億7416万円
 
(参考文献)
1 条解独占禁止法
2 論点体系独占禁止法
3 独占禁止法概説【第4版】
4 公正取引委員会HP5 優越的地位の濫用に関する独占禁止法の考え方(優越的地位ガイドライン)
6 「第7回不公正な取引方法Ⅲ-優越的地位濫用事件」(根岸哲)