2025年07月13日
同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合における借主による充当の指定のない一部弁済と債務の承認(平成29年法律第44号による改正前の民法147条3号)による消滅時効の中断は数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務に及ぶか。
1 結論
同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合において、借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく全債務を完済するのに足りない額の弁済をしたときは、当該弁済は、特段の事情のない限り、上記各元本債務の承認(平成29年法律第44号による改正前の民法147条3号)として消滅時効を中断する効力を有する(最高裁第三小法廷判決ウエストロー文献番号2020WLJPCA12159001)。
2 理由
最高裁判所判決は「借主は,自らが契約当事者となっている数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在することを認識しているのが通常であり,弁済の際にその弁済を充当すべき債務を指定することができるのであって,借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく弁済をすることは,特段の事情のない限り,上記各元本債務の全てについて,その存在を知っている旨を表示するものと解されるからである(大審院昭和13年(オ)第222号同年6月25日判決・大審院判決全集5輯14号4頁参照)。」とした。
3 評価
「本判決が示した消滅時効の中断についての判断は、債権法改正後も、時効の更新に関する法律問題において、引き続き参照する価値を有するものと思われる。」(判タ 1482号49頁)とあり同意見である。また、「類似の判断を示した昭和13年大判があるものの、最高裁としては初めての判断を示した」(同)点で実務的にも重要な意義がある。
4 教訓
時効が問題となりうる場合は、債務者は、返済する前に一度必ず弁護士に相談すべきである。また、訴訟や支払督促の場合も、時効援用の答弁をしておれば解決するケースもあることから、放置することなく、一度弁護士に相談するべきである。本判決は、債務者にとっては、時効の利益を思わず放棄してしまう方向の最高裁判決であることからも、弁護士に対する相談の重要性を示すものであると考える。
5 法定充当について
(1) 原審は「上記事実関係等の下において,本件弁済は法定充当(民法489条)により本件貸付け①に係る債務に充当されたとした上で,次のとおり判断して,上告人の本件貸付け②及び③に係る各請求を棄却すべきものとし,上告人の請求を本件貸付け①に係る残元金174万7971円及びこれに対する訴状送達の日の1週間後である平成30年9月27日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で認容した第1審判決に対する上告人の控訴を棄却した。被上告人は,本件弁済により,本件弁済が充当される債務についてのみ承認をしたものであるから,本件債務②及び③について消滅時効は中断せず,本件債務②及び③は時効により消滅した。」とする。
(2) 弁済の充当は、当事者間の合意によって定めることができる(民法490条)ところその充当合意がない場合に法定充当(民法489条・平成29年改正前民法491条)を定めており、同種の給付を目的とする数個の債務がある場合の充当は、民法489条2項で民法488条が準用される。
(3) 参考
ア 民法489条
1. 債務者が一個又は数個の債務について元本のほか利息及び費用を支払うべき場合(債務者が数個の債務を負担する場合にあっては、同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担するときに限る。)において、弁済をする者がその債務の全部を消滅させるのに足りない給付をしたときは、これを順次に費用、利息及び元本に充当しなければならない。
2. 前条の規定は、前項の場合において、費用、利息又は元本のいずれかの全てを消滅させるのに足りない給付をしたときについて準用する。
イ 民法488条
1. 債務者が同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担する場合において、弁済として提供した給付が全ての債務を消滅させるのに足りないとき(次条第1項に規定する場合を除く。)は、弁済をする者は、給付の時に、その弁済を充当すべき債務を指定することができる。
2. 弁済をする者が前項の規定による指定をしないときは、弁済を受領する者は、その受領の時に、その弁済を充当すべき債務を指定することができる。ただし、弁済をする者がその充当に対して直ちに異議を述べたときは、この限りでない。
3. 前2項の場合における弁済の充当の指定は、相手方に対する意思表示によってする。
4. 弁済をする者及び弁済を受領する者がいずれも第1項又は第2項の規定による指定をしないときは、次の各号に定めるところに従い、その弁済を充当する。
一債務の中に弁済期にあるものと弁済期にないものとがあるときは、弁済期にあるものに先に充当する。
二全ての債務が弁済期にあるとき、又は弁済期にないときは、債務者のために弁済の利益が多いものに先に充当する。
三債務者のために弁済の利益が相等しいときは、弁済期が先に到来したもの又は先に到来すべきものに先に充当する。
四前2号に掲げる事項が相等しい債務の弁済は、各債務の額に応じて 充当する。
(4) 原審は、債務者が指定指定しない場合、法定充当によって、複数ある本件貸付のうち、弁済期が一番早く到来した債務に充当されることから、その債務についてのみ債務の承認があったとした。法定充当と債務の承認をリンクさせた見解であるが、最高裁は前記の理由により法定充当と債務の承認は別と解した。