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2025年07月01日

被相続人と共同相続人との間に、被相続人の死後における相続債務の支払等の事務処理に係る委任契約又は準委任契約があった場合において、仮に当該共同相続人が被相続人の死後にその預貯金債権の全部又は一部を払い戻した場合、当該払戻行為は、民法906条の2第2項の「共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたとき」に当たるか。

1 東京高等裁判所令和6年2月8日決定(ウエストロー文献番号2024WLJPCA02086016)の結論
  民法906条の2第2項の「共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたとき」に当たらない。
2 条文
(1)(遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲)
第906条の2 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
2 前項の規定にかかわらず、共同相続人の1人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。
(2) 民法906条の2第2項の趣旨は、当該処分をした共同相続人がこれにより受けた利益を考慮して遺産分割をすることは、当該共同相続人に不利益を課すものではなく、むしろ共同相続人間の公平に資するという考え方を基礎とするもので、遺産に属する財産を処分した共同相続人が同条1項の同意をしないことにより、処分をしなかった場合と比べて利得をするという不公平を是正することを目的としている点にある。
(3)要件(山城司著『Q&A遺産分割事件の手引き』(日本加除出版2022)163頁~167頁)
 ア 「処分」とは遺産を法律上消滅させる行為の他、第三者に対して譲渡する行為、現実に毀損・滅失させる行為を含む。
 イ  遺産を処分した者が認定できることを前提とする。
 ウ  自己消費が認定される場合であること(←本件決定の問題)
3 東京高等裁判所令和6年2月8日決定の理由
『民法906条の2第2項の趣旨は、遺産に属する財産を処分した共同相続人が、同意をしないことにより不当な利得を得て、共同相続人間に不公平が生じるのを防止することにあるから、例えば、共同相続人の一人が、被相続人の生前、同人との間で、同人の死亡後における相続債務の支払等の事務処理に関して委任契約又は準委任契約を締結しており、これに基づいて、被相続人の死後に預貯金を払い戻して同事務処理の費用に充てた場合には、当該払戻行為は、同条2項の「共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたとき」には当たらないものと解するのが相当である。』として、「これを本件について見るに、被相続人が、生前、被相続人の所有する財産管理等に関する今後の全ての意思決定を相手方Dに一任する旨の誓約書に署名押印していることは、前記エで認定したとおりであり、被相続人と相手方Dとの間には、被相続人の死亡後の事務処理に係る委任契約又は準委任契約があったものと認定するのが相当であるから、仮に相手方Dが被相続人の預貯金債権の全部又は一部を払い戻したとしても、当該払戻行為は、同条2項の「共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたとき」には当たらないものと解される。」として、結論として「本件において、相手方Dに民法906条の2第2項が適用される余地はなく、相手方Dの同意もない以上、被相続人の相続開始時に存在しその後払い戻された預貯金について、遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことはできない。」とした。
4 実務との関係
(1)  民法906条の2第2項が平成30年法律第72号により新設されたことにより、従来、相続人全員の合意がなければ、遺産分割の対象となっていなかった「遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合」について、第1項の処分をした共同相続人以外の相続人の同意により遺産分割の対象となった。そのため、相続が発生後遺産分割までに処分された財産について別途訴訟をしなくても良い点で重要な条文である。
(2)  しかしながら、本決定は、前記のとおり、同条第2項の趣旨から、死後に払い戻された預貯金について、被相続人の死亡後の事務処理に係る委任契約又は準委任契約があった等一定の限度で、適用されない場合があることを認めた点で実務的にも重要であると考える。