2025年06月09日
不貞行為以外の誹謗中傷の執拗な繰り返しを主な原因とする婚姻関係破綻を理由に婚姻費用分担請求が権利濫用であるとされた事例(東京高等裁判所令和6年11月19日決定・ウエストロー文献番号 2024WLJPCA11196001)
1 誹謗中傷による婚姻費用分担請求が権利濫用となった事例
(1) 抗告人(=本件では婚姻費用分担請求者)は「抗告人は、平成27年12月頃以降、相手方の親族が「貧困一族」、「貧困血族」であり、相手方の経済的援助に依存しており、相手方がその親族に経済的援助をすることを優先して、子らの教育を顧みないなどとして、「貧困親戚とは縁を切れ。」、「我が家の生活がうまく行かない原因は、あなたの父親の姉妹と弟の貧困なんだよ。」と相手方に相手方の親族と交際しないことを求め、平成28年8月頃からは相手方が見ているところで飲酒するようになり、さらに、相手方は馬鹿だから教育も受験勉強に対応できない、相手方と相手方の弟は異常な自閉症姉弟で、相手方の弟はコミュ障で、相手方の父は詐欺商売を行っているなど、あるいは外国人に対する侮蔑的表現を弄しながらそれに相手方を擬えて(乙6)、相手方や相手方の親族を侮辱し、相手方が勤務先の看護師と飲酒したことにつき「きったねぇ貧困女」が集まって飲酒しているなどと侮辱的な言葉を用いて非難するメッセージを繰り返し送るようになった(乙6~9、21~24)。」等と認定された。そして、「前記(2)ア認定の事実経過によれば、抗告人と相手方の婚姻関係は、遅くとも平成23年には相手方が子らを連れて別居するなど、悪化したが、平成24年には抗告人がアルコール依存症の治療を受けることを表明して相手方に関係の修復を求め、相手方も抗告人が不満を有していた長時間勤務と飲み会の参加を控え、親族の本件マンションへの宿泊を行わないようにしたことにより、一旦修復に向かったものの、平成27年頃以降、子らの中学進学に対する意向の相違を契機に悪化し、抗告人が飲酒を止めず、相手方、相手方の親族、交流していた同僚ないし友人につき悪質な誹謗中傷をすることを執拗に繰り返したことにより、破綻に至ったと評価すべきであり、婚姻関係破綻の主な責任は、抗告人にある。」として抗告人の相手方に対する誹謗中傷が主な原因として婚姻関係が破綻したと認定された。これに加えて、「こうした婚姻関係破綻の原因及びその重大さに加えて、抗告人は、平成22年6月頃以降、相手方に生活費を交付せず、相手方が、抗告人との同居中の夫婦共同生活に必要な費用の大部分を負担し、別居後も自己と子らの生活費のほか、抗告人が居住する相手方名義の本件マンションの住宅ローンを負担し、抗告人は住居関係費を負担していないことも考え合わせれば、相手方が前記の経緯の後離婚請求訴訟を提起した後に婚姻費用の分担を求めた抗告人の本件請求は、権利の濫用として却下されるべきである。」との点も総合的に考慮され、抗告人の婚姻費用分担請求は権利濫用であり認められないとされた。
(2) 不貞行為、暴力行為など明確な有責性が認められる事例に限らず、婚姻関係破綻の原因及びその重大性、婚姻費用分担請求に至った経緯などを総合的に考慮して、誹謗中傷についても権利濫用を認めた事例として実務上参考になると私は考えます。
(3) この裁判例は事例判断とはいえ、その着眼点は、不貞行為などに限らず、相手方に婚姻関係破綻の主な原因がある場合の視点としては有益です。
2 原審(令6(家)139号・文献番号 2024WLJPCA09246001)との判断枠組みの違いについて
(1) 原審は、「別居ないし婚姻関係の破綻について専ら又は主として責任がある者は、夫婦の協力義務を果たしていないといえ、このような者が、夫婦の他方に対し、同人と同程度の生活を保障することを内容とする夫婦の扶助義務の履行ないし婚姻費用分担を請求することは、権利の濫用として許されるべきではない。しかし、離婚が成立するまでは、あくまで法律上夫婦としての地位を有するのであるから、夫婦の一方が生活に困窮している場合には、その他方は、これを放置すべきではなく、少なくとも最低限度の生活を維持させる程度の生活扶助義務は免れないと解するのが相当である。」として、夫婦の一方が生活に困窮していたかどうかまで判断した(困窮は否定)。
(2) これに対して、抗告審は、婚姻関係の破綻について有責である配偶者が他方配偶者に対して同程度の生活を保障することを内容とする婚姻費用分担請求をすることは権利の濫用であるが,有責配偶者が生活に困窮している場合には,他方配偶者は有責配偶者に対する最低限度の生活を維持させる程度の生活扶助義務は免れないとした上で,有責配偶者が生活に困窮していたとは認められないとして,その婚姻費用分担の申立てを却下した前記の原審判の理由を変更し,有責配偶者の婚姻費用分担請求は権利の濫用として却下されるべきであるとして,抗告人の困窮の有無にかかわらず、抗告を棄却した点が実務的に参考になる。