2018年10月25日
スポーツ指導者~体育施設(主に体育館、プール)での事故に対する訴訟から見える安全対策~
第1 指導者・使用者・施設管理者の法的責任
1 民事上の指導者の責任根拠
(1) 不法行為に基づく損害賠償(民法709条)
(2) 要件
ア 損害が発生していること
イ 加害者が被害者の権利を侵害したこと
ウ 加害者の行為と損害の発生との間に因果関係があること
エ 加害者に故意又は過失があること
過失・・・ポイント)予見可能性と結果回避可能性・・・施設の事故の場合は、予見可能性が問題となりやすい(指導者等が、指導対象者が事故を起こした行動にでるかどうか予見できたか)。
オ 自己の行為が違法なものとして法律上非難されるものであることを弁識しうる能力(責任能力)があること
2 刑事上の指導者の責任根拠
(1) 業務上過失致死傷
(2) 要件
「業務」とは、一般に社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為
であって、生命身体に危険を生じるものをいう(最判昭和33年4月18日)
3 施設管理者の責任
(1) 施設監理者が民間の場合・・・民法717条1項工作物責任
ア 土地の工作物であること
イ 設置又は保存の瑕疵があること
「瑕疵」とは、土地の工作物が通常備えているべき性状、設備、すなわち安全性を欠くこと」であるとされ、その判断に際しては、当該工作物の構造、用途、場所的環境および利用状況等諸般の事情を総合考慮した上、通常予想される危険の発生を防止するに足りるものであるかどうかを具体的、個別的に判断する。
ウ 因果関係
エ (占有者に)免責事由のないこと
(2) 国・公共団体の場合・・・国家賠償法2条1項
(3) 安全配慮義務違反(民法415条ないし民法709条)が問われたケースがある。
物的施設及び人的施設の不備など←プールの管理の場合は、プール安全標準指針が裁判上の判断基準となる可能性があるので注意。
第2 事例(プール事故を中心に)
1 指導者の過失の有無が争われた事例(引用・参考文献1・129頁以下)
A県立A高等学校において、田育の授業中に水泳実習が行われた。授業担当者のS教諭は、開始前にプールサイドを走らないことや勝手に飛び込みをしないこと等の諸注意を行った。授業中盤から実施した自由練習中、S教諭は、シャワールームのシャワーが出しっぱなしなっていることに気が付いた。水を止めに行くと、排水溝に髪の毛等溜まって水が流れにくくなっていたことから、これを取り除く作業をした。その作業を行った数分の間に、男子生徒BがS教諭の注意を無視し、プールに勝手に飛び込み、頭を強打して頚髄損傷の傷害を負い、後遺傷害が生じた(大分地判平成23年3月30日等)
(1) S教諭の安全配慮義務違反の過失はあるか?→予見可能性があるか。
(2) 裁判の傾向
水泳は、事故発生の危険性が高いスポーツであることから、事故発生時に教員(指導者)の立ち会いがなかった場合、そのことを根拠に安全配慮義務違反に問われる可能性がある。
例)さいたま地判平成20年1月25日・・・「自己がプールの監視を解けば、生徒が開放的になって事前の禁止事項を守らず、危険な態様でプールに飛び込むなどして、頚髄損傷等の重大な事故を起こす危険性があることを十分予見しえたというべき」であり、「短期間であったとしても、監視を解く前に、生徒らに対しあらためて飛び込み等の危険行為を厳重に禁止したり、あるいは臨時の監視係を置くなどして」、「自己を未然に防止するための措置を講じるべき注意義務があった」
(3) 注意点)特にプールにおける指導者については、立ち会いについて厳しい判断がされるおそれがあるので注意を要する。体育館についても、プール程ではないが、競技の性質においては、安全配慮義務違反を問われるおそれがあるので、立ち会い等心掛けるようにすべきである。
(4)(Q)65名の生徒に対して、2名の教員(指導者)で指導及び監視のすべてを行っていた場合に上記の事故があった場合はどうか。
→指導体制の不備のおそれ→「態勢として無理があった」として責任を問われたケース(福岡高判平成18年7月27日)もあるので注意。
2 プール施設において瑕疵が認定され、施設管理者等が責任を問われたケース(参考文献2・367頁以下)
(1) 浦和地判平成5年4月23日
ア 事案の概要
高校2年生であったXが、水泳部の活動として、A市民体育館内室内プールにおいて、水泳部顧問の教諭の立会のもと、逆飛込みによるスタートダッシュ練習をした際、プールの底に頭を打ち、頚髄損傷の傷害を負った。
イ 裁判所の判断
本件プールについて日本水泳連盟プール公認規則の基準等を引用し、「本件プールは、満水であったとしても設置時の基準及び現在の基準には合致していない」とした上で、「本件プールは、そのスタート台から大人と同程度の体格を有する高校生が逆飛込みを行った場合、水深が十分であるとはいえないために、ことさら危険な飛び込み方法でなくとも、飛び込みの角度が少し深くなるとか、指先の反らし具合等、その方法いかんによっては、頭部等をプールの底に打ち付ける危険性があったことは否定できない。そうしてみると、本プールは、原告ら高校生の利用者に対し、少なくともスタート台からの逆飛び込みを全く制限せず利用することを前提とする施設としては、瑕疵があったものといわざるを得ない」
(2) 金沢地判平成10年3月13日
ア 事案の概要
X1は、事故当時、市立中学校の3年生であったが、同中学校に設置されたプールにおいて、正課である体育授業中に、水泳の練習として飛込み台から飛び込みをした際、プールの底部に頭部を激突させ、頚髄損傷等の重傷を負った。
イ 裁判所の判断
本判決は、①本件プールは、その水深が飛び込み台の真下において1メートル10センチであるのに、高さ40センチの飛び込み台が設置されており、日本水泳連盟および日本体育協会が示した基準にさえ達していなかった、②本件プール程度のプールにおいては、水泳指導担当教員が生徒に正しい飛び込み方法を指導しても、プール底部への衝突事故を回避することは著しく困難である、③本件プールは、生徒らが相当の頻度で飛び込み台から飛び込む状態で使用されており、かつ、右状態は基本的に体育担当教員らによって指導体制上容認されていた、など判示し、本件プールは、その水深、飛び込み台の存在およびその高さにおいて、学校プールとして通常有すべき安全性を欠いた設置上の瑕疵があった。
第3 まとめ
1 指導者等の裁判例の傾向は、予見可能性において、安全配慮義務違反が広く認められる傾向にある点に注意を要する。
特に指導対象が、未成年の場合、想像力を働かせて、不測の行動についても目配せしておく必要がある。
2 施設管理者の裁判例については、物的不備と人的不備が問題となる。人的不備については、無理なシフトを組まない等の工夫が必要である。
物的不備については、設備の点検、構造上の問題がないか等に配慮する必要がある。
(参考文献)
1 新しい学校法務の実践と理論(山口卓男編著・日本加除出版株式会社)
2 スポーツ法の実務(多田光毅他編著・三協法規出版)
3 プールの安全標準指針(文部科学省・国土交通省・平成19年3月)